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カタカナの名前で生きるということ

家族

ちょっと古い記事ですが…

・日本は2013年時点で30人に一人がハーフである。

また私の住む町のデータだと↓

・住民の0.5%が外国籍である。

参考までに……

 

私が育った頃の1980年代は学校で『カタカナ』の名前は私たち兄弟だけでした。

 

『なんで僕だけ名前がカタカナなんだろう?』

『なんで僕だけお父さんがアメリカ人なんだろう?』

そう思い始めたのは幼稚園の卒業式で全卒業生の名前が壁に貼り出された時。

ひらがな、ひらがな、ひらがな、カタカナ、ひらがな、ひらがな、ひらがな…なんで自分だけ仲間外れ?

 

はじめて『外人』と呼ばれ虐められたのは小学校3年生の時。

小学校4年生で転校した時が『最も自分の名前が嫌だった』時。

 

先輩に『外人』と呼ばれリンチされたのは小学校6年生の時。

 

自分はアメリカ人ではない?と自覚したのは、16歳でアメリカへ行ったときに『ジャップ』と言われた時。

 

僕は日本人だと自覚したのは20歳の時に国籍選択をした時。

 

やはり日本人は僕を『外人』と思っているんだな?って感じたのは25歳の就職活動の時。

 

本当にカタカナの名前は不利だなって再度感じたのは30歳の転職活動の時。

 

自分の名前が有利に働くことがある、と知れたのは僕の名前を会った人全員が忘れないことに気づいた時。

 

自分の名前に誇りを持てるようになったのは尊敬する父が死んだ時。

 

それでも……妻は名前変わってイヤじゃなかったかな?妻のご両親はどんな気持ちなんだろう?なんて今でも少し心配になることが…

 

息子の時代は大丈夫かな?

今ではハーフへ嫌悪感もないと思うし、ましてクォーターだし。

 

意外と人の名前なんて誰も気にしてないんだよって本人に言ってもそれは本人だけの悩みだからね。

息子もいつか自分の名前に誇りを持てますように。

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